これも何度か話題にしていると思うけれど。
友瀬は『ゲームを趣味としてWeb/同人活動をしている1同人作家・友瀬』という顔と、『普通の会社員』という顔を、それなりに区別して活動している。
これは『実名/匿名』の区別に関する話。
で、今回の件のポイントは、実名or匿名の枠の中でも別の顔があるよ、というところか。
実際友瀬の場合、『実名の家庭人としての顔』や、『Web公開していないローカル友人とのゲーム時の顔』も別に持っている。
会社の知人は、友瀬が『非電源系ゲーム』に多くのパワーを割いていることをほとんど知らないし、その回りでの知人との面識はたぶんない。
Web/同人回りでの知人は、友瀬が家庭でどんなことをしているか知らないし、家族の顔を知っているはずもない。
家族は、会社での友瀬の働き方を知らないし、同僚の顔もほとんど知らない。
多くの場合、これは意図的に分離している。
いわゆる『オタク趣味』は、一般的社会人にはあまりよい目で見られない。
世界公開のWebに家族の個人情報をさらすのは、リスクは高すぎる。
仕事で知りえた情報は、セキュリティ的・企業コンプライアンス的に、外部に漏らすわけにはいかない。
要は、こういう複数の、分離してしかるべき生活圏があるわけだ。
そしてこれは、生活圏の数や程度の差はあれ、多くの人に当てはまると思っている。
今回の FacebookとLine との話は、これを逸脱してしまったというところだろう。
ご意見などがあれば。
本質的な課題は、やっぱり、Webは本質的に匿名である、ってとこだよね。
物理的な顔と繋がっていない部分、というか。
上記記事では『実名』と言っているけれど、これ、実名に限らない話:ペンネームを騙ることだってできる。
例えば、どこかのブログサービスに新しく『友瀬の戯言』みたいな新しいブログができて、そこでいろんな発言がなされたとする。
例えば、誰かのサイトのコメント欄に、『友瀬』の名前で書込みがなされたとする。
その内容が、本当に『友瀬』によるものか否か、誰がわかるか。
友瀬の場合、現状の本館&Junkyardを維持しているから、新規ブログなんかは微妙だろう。
もしそういうのができたとしても、『あそこは友瀬とは関係ないですよ。』と主張することもできる。
過去の蓄積から見ても、それが信用される可能性は高いだろう。
でも、今までWeb上にそういう『気配』をもっていなかった人だとしたら。
誤解される可能性はゼロではない。
コメント類となると、もっとひどい:
著者が正規のWebページを管理してようがいまいが、コメント書込みにはそんな保証は何もない。
いちおーサイトを持っていれば『公開鍵を公開、外部コメントには常に電子署名をつける』とか、
『そのコメント専用に自分のブログエントリを作って、コメントをURLでつなぐ』とか、多少の手はあるけど。
手間ばかりかかって、現実的ではないし。
これを理由にWebでの実名主義を反対するのはどうかとは思うが、リスクはリスク。
難しいね。
ご意見などがあれば。
- ものすごく単純に言えば、『活躍できない』キャラは、面白くない。
裏返すと、『活躍』とはなんぞや、になる。
- 『ある程度強い』というのは、一つの要素。
誰もが、負けるよりは勝つほうがうれしいはずで。
- だから、負けっぱなしのキャラは、あきらかに苦しい。
- 無条件に強くて勝ちっぱなし、というのも、苦しい。
いわゆる『負けようがない』キャラでは、すぐに飽きる。
- 工夫の余地があるか否か。
- 工夫の余地がある場合、負けても『がんばった、俺よくやった』的な満足感が生まれうる。
- 工夫の余地がない場合、いわば単純作業であり、楽しさは劣るだろう。
強さ水準と工夫余地は直交する要件なので、表にしたほうがいいか。
以下のような感じ。
| 強さ |
強い | 弱い |
工夫 | できる | a.がんばれば強い | b.がんばっても弱い |
できない | c.がんばらなくても強い | d.努力余地なく弱い |
- a. は、ベストだろう。
- ザンギエフあたりを見ればよくわかる:『使い方は難しいが、戦える』というのは、モチベーションに繋がる。
- b は許容できるが限界あり。
- 工夫してあれこれやっているうちは、楽しめるはず。
- でも、いろいろやっても勝てないとなると、やはりうれしくないわけで。
- cもまた、許容できるが限界あり。
- 勝てる以上、とりあえずは楽しめるだろう。
だが、事実上選択肢がないということは、面白みは薄い。比較的すぐ飽きる。
- bの裏の側面とも言えるだろう:相手から見ると『こっちは必死にがんばってるのに、ワンパターンのあいつに勝てない』となると。
- dはダメだろう。
LWシステムの場合、いかにして相手の攻撃を読んで当てるand/or守るかが努力の余地なので。
少なくともそういった選択の余地がないと、ゲームとしてつまらなくなるのは間違いない。
で、問題になるのはおそらく--そしてこれは以前からときどき書いていることにもかぶるが--一見選択肢があるように見えるが、実際には選択できない/する意味がない状況・パターンの存在。
『ハメ』だとか、『負けない手』とか、そういう話に通じる。
例えば、古来から問題になっている『16の無敵性』。
16を実施することが『負けてるけど、実質負けていない』が故に、一部のキャラ・対戦組み合わせでは、結果的に選択肢がなくなっている。
例えば、『一度食らうと抜け出せない』 Urzaの叫び/QBRシギィ束縛。
16阻止を実施することが『積極的勝ちには繋がらないけど、優位を維持しており負けようがない』が故に、ほぼ全てのキャラにおいて、結果的に選択肢がなくなっている。
すなわち、『がんばっても勝てない/がんばらなくても勝てる』瞬間が発生してしまうのが、問題ということだ。
『ろすと』を新規デザインする場合においては、これは基本的には対応できる。
きちんと『負ける』『勝てる』手があるように設計すればいいのだから。
でもね。
これってバランス良くふさぐの、結構難しい。
実際、現状の『ろすと』でも、全キャラがきれいにできているかと問われたら、自信はない。
ご意見などがあれば。
ものすごく単純に言えば、ゲーム中に全員が共有すべき情報を表示することで、いろいろ便利になるのでは、という話。
ある意味では『壁に巨大ホワイトボード』というのにも似ていますが、それには真似できない要素もありそう。
以下そのときに話題になったand/or後で考えたネタ。
- RPGなどでのイニシアチブ管理。
- 従来だと、100均のA3サイズホワイトボードに書いていた。
- EXCELのような表計算ソフトを使えば、ソート機能を使って管理が簡単にできる。
- 『初期情報:キャラ名入力』『初期情報:キャラのイニシア基本値』『戦闘ごとのイニシア値』と入力しておけば、同値判定も簡単。
- イニシア変更も、行コピ&ペーストでできる。
- もちろん、ホワイトボードほどの柔軟性はなくなるので、よしあしの部分はある。
- ルール早見表の表示。
実際に使うとなると、案外難しいとは思う。
理由:操作の問題。
通常のPC使用時のように、キーボード&マウスをフルに使うようなことは無理。
『ペン感覚でホワイトボード的に使う』ペンタブレットとか。
『少ないボタンでメニュー操作』的な、テンキーorゲーミングキーボードとか。
そういう操作系でないと難しくはありそう。
あとは、タッチパネルが使えると便利か。
そういう意味では、とりあえずペイントを起動してタブレット、というのが手軽。
次点で、専用アプリを作って、少ないボタンだけで使えるようにするか。
ご意見などがあれば。
- ○小花さん
失礼、反応遅れました。
とはいえ、そういうものを勝手に導入するわけにもいかないです(笑)そもそもアリものが使えそうだな、って話ですし。
液晶にタッチパネルを重ねるパーツなんてのもあるにはありますが、せいぜいノートPCサイズなんですよね。
-- ともせ%管理人。
- 実物のあるOA用品としては、電子黒板(電子ホワイトボード)がありますね。PC画面操作、電子ペンでの書き込みができますね。 -- 小花幸多